ソース:https://x.com/YujunWale/status/1898586504836124752
真実は
常に
嘘に
打ち勝つ
真実はあなたを自由にしてくれますが、その前にあなたを怒らせるかもしれません。ほとんどの人は、幻想を打ち砕かれたくないので真実を聞きたがりません。しかし、真実は常に勝つのです。なぜなら、真実には最も大きな力があるからです!
キリスト教の誤りを暴く[著者:モーリス・ニャボラ]
先入観なしにキリスト教を見つめると、真実を語ったイェシュアと、今日のいわゆるキリスト教徒が崇拝する歪められたイエスとの間に、大きな違いがあることに気づきます。イェシュアは新しい宗教を作ろうと思ったことは一度もなく、彼の信者の一派がそうしました。実際、彼は信者を作ろうと思ったことは一度もなく、指導者を作ろうと思ったのです。つまり、彼が行った以上の偉業を成し遂げる人々を作ろうと思ったのです。
教会における偶像崇拝を認識するためには、まずキリストが何者であるかを理解しなければなりません。キリストは集合的意識そのものであり、神聖な言葉であり、粘土であり、陶芸家であり、被造物です。
よく聞いてください。福音によれば、あなたは父なる神の唯一の息子であるキリストの体の一部にすぎません(出典)。つまり、キリスト意識以外には何もないということです。イエスはさらにこうも言っています。「私(意識、すなわちすべての被造物の粘土)と父(源)は一つである」これは非二元論的な現実であり、源以外のものは存在せず、すべては源の表現です。
しかし、教会は恐怖と二元論を説いています。すなわち、地上の創造物、死と審判の後、天国で到達できる創造主である神、そして反逆者の苦しみのための地獄です。実際には、誰も裁くことはできず、裁かれることもなく、到達すべき天国や地獄はまったく存在しません。唯一あるのは、この一体性、または非二元論、すなわち神の王国(より良い言葉が見つからないため)だけです。
イェシュア・マシアの教えをイエス・キリストの教会から解放する時が来たのです。キリストへの信仰を公言することで、人間性、生命、自然のいずれかから自らを切り離すのであれば、あなたはキリストを知らないことになります。
私、すなわちキリストを、すべての自己の源として知ってください。宗教を装う体制や権力のゆがんだ教えには用心してください。



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