- 第2部 自信と自覚
- 日本人自身の嫌悪感を払拭する
- 日露戦争 考
- 日露戦争における日本勝利への各国の反応
- 大東亜戦争 考
- 平均的日本人が持っている大東亜戦争への想い
- 大東亜戦争 日本参戦の根幹にある人種差別
- 大東亜戦争は日本が仕掛けた戦争か
- それを裏付ける敵国者の発言
- ⑥ 日本に先に攻撃させる
- 嘘から戦争をスタートさせる
- ⑦嘘から戦争をスタート
- 大東亜戦争に大義は無かったのか
- 大東亜戦争で日本が果たした世界史的意味
- アジア要人の発言
- ⑧アジアの要人が言う大東亜戦争の意義
- なぞなぞ:誰でしょう?
- 大東亜戦争において日本軍はアジアで非道な振る舞いをしたか
- アジア一般人の発言
- ⑨ 日本統治時代の現地一般人の証言
- 現地の人々が歌う日本の歌
- ⑩ 現地の人が今でも歌い続ける日本統治時代の歌
- 原爆投下は仕方なかったのか
- 東京大空襲でなぜ皇居が爆撃されなかったのか
- 日本人の自虐史観の元凶
第2部 自信と自覚
自信と自覚
日本/日本人はこれから世界を導いて行く

お願い
今、日本人に提示されている近代史は、恐らく一方に偏った内容になっている気がします。
それで、これから提示するものは、「意図して」それと逆の視点のものを集めて組み立てています。
私が「一方に偏った内容になっている気がしている理由」もそこに入れてあります。
眉にツバを付けながら聞いてもらえば結構です。
私の願いとしては、これを機会に、今までの歴史館を一旦リセットしていただいて「各々が自分なりにもう1度歴史を検証してみる」、それが、これからの黄金時代を先導していく日本人として「今」必要なことなのではないかと、思っています。
この中では、これも意図して日本人以外の方の証言を主体に構成しています。
日本人を出すと「信頼できない」「右翼だ」などとして、聞いてもらえない事態になりそうですので。
ご意見は多々あるでしょうが、ともかく一旦見てください。
その後は各自の自由です。
強制するつもりもありません。

自虐史観リセットの仕組み
これからの説明でやることは、この逆波動をぶつけることなのです。
ですから、内容は当然偏っています。
偏っているという意味は、内容が嘘・いい加減という意味では無く「ネガティブ面を一切言っていない」という意味です。
ここでの資料には、1つ1つ、それなりのシッカリした重みがあります。
リセットするのに、真実の波動をいくらぶつけてもリセットされません。
それは、上記の波動リセットの原理を見て考えていただければ解ります。
それで、これから意図して逆の面から見た説明を行います。
したがって「右翼の説明だ!」などという、狭い見方をしないでください。
そこに込められた、大きな意図をご理解ください。
そして、聞いた内容を直ぐに捨てないで、一旦、自分のポケットに入れてください。
それから吟味して、取捨選択してください。

今生に縛られずに大きな視点に立てば、戦争/紛争の憎しみから開放される
戦争/紛争の最大の原因は「民族・宗教の違い」ですが、現在、自分たちの気に入らない相手がいたとしても、カルマの法則によって過去生(未来生)では、自分も相手の環境・立場で生を受け、憎たらしいその行動をしていた、ということが理解できます。
すると、憎しみの感情に振り回されて、戦争紛争に自分を駆り立てることは、何の意味もないことである、今相手に抱いている憎しみというのは、自分の成長への学びの道具であり、そこから愛・赦しを学ぶべきなのだ、という認識になり、全ての争いが、この世界から消えてしまいます。
人類の間に、争いを作り出したい裏の支配者が「輪廻転生」を認めさせない理由が、そこにあります。
是非、大きな視点で、物事を見るようにしてください。

日本人自身の嫌悪感を払拭する
日本人は、変化を先導するとともに、世界から敬愛される、倫理的な人間になる必要があります。
そのためには、日本人が抱いている、「無用な」嫌悪感を払拭する必要があります。

日露戦争 考

日露戦争の世界史的意義:白人至上主義の崩壊
日露戦争では、開国・近代化に着手して、わずか40年余の、西洋列強からサルと屈辱的に呼ばれていた日本が、強大なロシア帝国との戦いに挑み、大勝利しました。
日露戦争は、大きく捉えると、白人至上主義が破れた、そして、非キリスト教徒の国がキリスト教徒の国に勝った「20世紀最大の事件」と言えます。
それまでは、有色人種は、白人には絶対に勝てないとお互いに信じており、その考えが植民地支配を強固なものにしていたのです。
日露戦争の勝利は、白人の帝国主義に苦しむアジアを始め、ロシア帝国との戦争に苦しんでいた諸国を覚醒・奮起させ、民族独立への希望と勇気を与えました。

日露戦争における日本勝利への各国の反応

インド
ネルー首相:私の子供の頃に日露戦争というものがあった。
その頃のロシアは、世界一の陸軍国だった。
世界中は、ちっぽけな日本なんか、ひとたまりもなく叩き潰されると思っていた。
アジア人は、西洋人にはとてもかなわないと思っていたからだ。
ところが戦争をしてみると、その日本が勝ったのだ。
私は、自分だって決意と努力次第ではやれない筈がないと思うようになった。
そのことが、今日に至るまで、私の一生をインド独立に捧げることになったのだ。
私に、そういう決意をさせたのは、日本なのだ。

中国
孫文:日露戦争は、アジア人の欧州人に対する、最初の勝利であった。
この日本の勝利は、全アジアに影響を及ぼし、全アジア人は非常に歓喜し、極めて大きな希望を抱くに至り、大国の圧政に苦しむ諸民族に民族独立の覚醒を与え、ナショナリズムを急速に高めた。

ビルマ(現ミャンマー)
元ビルマ首相:バ・モウ:最初のアジアの目覚めは、日本のロシアに対する勝利に始まり、この勝利がアジア人の意識の底流に与えた影響は、決して消えることは無かった。
それは、全ての虐げられた民衆に、新しい夢を与える、歴史的な夜明けだった。
ビルマは、英国の統治下に入って、初めてアジアの一国民の偉大さについて聞いたのである。
日本の勝利は、我々に新しい誇りを与えてくれた。
歴史的に見れば、日本の勝利はアジアの目覚めの発端、または、その発端の出発点と呼べるものであった。

トルコ
皇帝アブデュルハミト2世:我々は、日本人の成功を衷心から喜ばなくてはならない。
ロシア人に対する日本人の勝利は、すなわち我々(有色人種)の勝利である。

アメリカ
W・E・Bデュボイス(アフリカ系:アフリカ建国の父):有色人種が先天的に劣っているという誤解を、日本が打破してくれた。
日本が、有色人種を白色人種の奴隷から救ってくれるので、有色人種は日本を指導者として従い、我々の夢を実現しなければならない。

フィンランド(当時はロシアの属領)
マンネルハイム(フィンランド独立の英雄):マンネルハイムは、帝政ロシア軍の騎兵旅団長として日露戦争:奉天の会戦に参加したが、この会戦で敗北したことから、日本のような小国でも、国民が団結すれば、大国のロシアでも勝てると確信し、ロシア革命の混乱を利用して、フィンランドの独立を達成した。
東郷平八郎にちなんだビールが、フィンランドで発売されたのは有名である。

大東亜戦争 考

大東亜戦争の世界史的意義:白人植民地支配の崩壊
大東亜戦争の意義は、何だったのか。
色々な問題はあるでしょうが、世界史的観点で見れば、大東亜戦争によって「白人による有色人種植民地支配を終わらせた」ことでしょう。

平均的日本人が持っている大東亜戦争への想い

大東亜戦争に関する日本人の自虐史観
「大東亜戦争は大義名分のない戦いであった。日清・日露戦争に勝利した日本の軍部が驕り高ぶった末に領土的・資源的野望を抱き、国民の総意を無視して物量に勝る米国への無謀ともいえる参戦を決意し、日本軍の騙し討ちとも言える真珠湾攻撃を行使したことから始まった。
それにより、国民を存亡の危機に陥れただけでなく、アジア諸国を力づくで侵略し非道の限りを尽くしたことでアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え、今日に至るアジア諸国の日本への嫌悪感を醸成させた。
米国は日本に原爆を投下することで戦争に終止符を打ったが、元を言えば日本が悪いのであり、それも致し方の無いことであった」
この考え方には、恐らく真実と虚偽とが混ざっています。
これを鵜呑みにすることは、これから日本文明を興し、その果実を世界中に拡げる役割を日本人が担ううえで、障害になりかねません。
それ故、紙面の関係上一部にはなりますが、意図して違う視点を紹介します。
それが真実なのかどうかは、これを聞かれた1人1人が検証すべきものであり、今こそ検証せねばならないことだと思っています。
これが、皆様の行動のキッカケになれば幸いです。
以降は、意図して今までと違う視点を紹介していることに留意ください。

大東亜戦争 日本参戦の根幹にある人種差別

白人にとって人種差別は過去から「正義・常識」であった
リンカーンですら人種差別を常識としていた
私は白人種と黒人種の社会的、政治的平等を実現させようとしていないし、これまでして来たこともない。
黒人を有権者や陪審員にしたり、公務に就かせたり、白人と結婚させたりするつもりはないし、これまでもそうして来なかった。…
私の意見では、両人種が手を携えて社会的、政治的平等を享受することはできない。
だからこそ、両人種が共に暮す限り、上位と下位という2つの立場が生まれ、皆と等しく、私も白人が上位を占めることを支持している。
差別意識がいかに根が深いかの事例
欧米では、遠い過去から人種差別は、科学的にも哲学的にも、正しいものとされてきました。
科学的には「人種の自然変種について」で、有色人種は白人種の退化した存在と断定。
「顔面角の理論」では、白人 ⇒ アジア人 ⇒ 類人猿 ⇒ アフリカ人の順に配置。
哲学的には、「人間性の本質を形成するものは色であるという考え方は非常に自然であり… モンテスキュー等」
これにより、有色人種を劣等人種として扱い、人間よりも、サルに近い存在として、残虐に扱い続けて来たのです。
このような強固な考え方を持った白人たちが、世界各地で略奪の限りを尽くしました。
例えば、アフリカで、中南米(インカなど)で、アメリカ(インディアン)で、オーストラリア(アボリジニ)で、インドを含むアジア全域で。
その行いは、言葉に表せないほど残虐であったようで、殺すのも正に虫けらを扱うのと同様、思うまま簡単に殺していたようです。
そして、アフリカはプランテーションが労働力用の奴隷の供給源にもさせられたのです。
日本でも、ポルトガル人が娘を主とする日本奴隷を買い取り、日本奴隷でいっぱいになった船でアジア諸国を回り、日本人を売りつけていました。
日本人奴隷は、まるで犬の如く扱われていたと言います。
それに憤りを感じ、かつ侵略の意図を感じ取った秀吉は、「バテレン追放令」を出しました。
キリスト教の布教は、方便だと見抜いたのです。

人種差別の形になったものが「植民地」
戦前のアジアでの白人支配状況
国王に、侵略は正しい行為だと説いて回ったのが、キリスト教徒たちでした。
侵略は、経済的な利潤をもたらすだけでなく、キリスト教徒として、正しいことなのだと言っていたのです。
戦前(今からたった70年前)、アジアは日本とタイを除いて、全てが欧米の植民地になっていました。
そして住民は、徹底的に搾取され、搾取出来ない者は経済的価値がない家畜として殺害されていた。
そのような、悲惨な状況に置かれていたのです。
有色人種は皆、白人たちには絶対に敵わないものだと思わされていました。
白人の植民地支配では、植民地のためになることは一切行わない、略奪のみを目的とした愚民・貧民政策でした。
1862年、幕府使節団の高杉晋作や、1871年欧米視察団の岩倉具視などが、アジア各地が欧米列強に略奪虐殺され悲惨な状態にある様を、まざまざと見たのです。
それで開国を迫られた日本が、第一に考えたのが「植民地にならないこと」でした。
そのために、江戸のシステムを捨て去り、大日本帝国憲法の制定、国会の開設、軍備の増強など、ヨーロッパ風の流儀を取り入れ、驚くほどの短期間で近代国家を作り上げていったのです。
日本は、常に植民地化の危機と隣合わせの状態にあり、国家運営は緊張の連続であったというのが真実です。

人種差別が、いかに酷いものであったのか、植民地が、いかに悲惨なものであったのか、これはいくら聞いても経験の無い日本人にとって、真に理解することができないものです。
「有色人種が虫けら以下として扱われた」
これは例え話でなく本当の話です。
自分が飼っている虫は大事にするが、有色人種は簡単に殺した、それは事実です。
彼らは、有色人種を心の底から人間とは思っていなかったのです。
家畜という感覚、と言えば少しは理解できるかもしれません。
そのような人間観を持っている彼らが、植民地を正当な権利であるとして、有色人種から搾取略奪の限りを尽くしたのも、相手が人間でなく家畜であったからです。
これがたった70年前の話だということを信じられますか?
人の一生分の期間しか、経っていないのです。
最近は、さすがに家畜と見なすことは無くなりましたが、白人の差別感は色濃く残っています。

大東亜戦争は日本が仕掛けた戦争か

ルーズベルトはアメリカを参戦させるため日本を利用した
ルーズベルトは、アメリカを何とか参戦させたいと思っていました。
アメリカのトップは、最初から戦争に参加することを決めて行動していたのです。
しかし、自国民の意思は戦争には参加しないというものでした。
それでルーズベルトは、「日本に戦争を仕掛けさせ、アメリカ国民を怒らせて参戦に持ち込む」という策略を立て、それを実行しました。
そのために、日本に参戦せざるを得ない執拗な嫌がらせを始めました。
「ABCD(アメリカ・イギリス・チャイナ・オランダ)包囲網」を行い、日本への石油・資源の全面禁止、ハル・ノートを突きつけ、中国大陸や、仏領インドシナから日本の軍隊を引き上げるなど、一切の権益剥奪要求、アメリカにいる日本人の資産を凍結させるなどの処置に出ます。
日本政府は、アメリカとの関係を何とか修復したいと、必死の努力を続けていましたが、最初から参戦を決めて行動している相手との交渉は、全く無意味だったのです。
結局日本は「座して死を待つより、戦って死すべし」とし、真珠湾奇襲攻撃を敢行しました。
しかし、この情報の全ては逐次ルーズベルトの耳に筒抜けでした。
ルーズベルトは、情報の全てを無視し、わざと日本に真珠湾攻撃をさせたのです。
そして、これを日本の「卑怯な騙し討ち」と非難して、国民の怒りを駆り立てました。
さらに、「リメンバー・パールハーバー」の合言葉を繰り返し、一気に日本との戦争に向かわせていったのです。

それを裏付ける敵国者の発言

⑥ 日本に先に攻撃させる

フーバー大統領
フーバー元大統領は、敗戦直後の日本を訪れ、マッカーサーとの会談で、「日本との戦争は、対独戦に参戦する口実を欲しがっていた『狂気の男』の願望だった。在米日本資産の凍結、経済制裁は(アメリカが)対独戦に参戦するため、日本を破滅的な戦争に引きずり込もうとしたのだ」とルーズベルトを非難した。
それに対してマッカーサーも、「ルーズベルトは1941年夏に日本側が模索した近衛文麿首相との日米首脳会談で、戦争回避の努力をするべきだった」と語っている(ナッシュ:「裏切られた自由」より)。

マッカーサー
実際、日本には蚕以外に産出するものは何もありません。
彼らには綿、羊毛、石油製品、スズ、ゴム、その他多くのものがありませんでした。
彼らは、それらの供給が断ち切られた場合、日本に1000~1200万人の失業者が生じることを恐れました。
したがって、戦争に突入した目的は、主として安全保障上のものだったのです(1951年5月、アメリカ上院の軍事外交合同委員会で発言)。
これは(アメリカの措置によって)日本がやむにやまれず参戦したことを述べています。
但しこの発言は日本の参戦を擁護したものではなく、単に状況を説明しただけのものです。
マッカーサーに、日本を擁護する意図は全くありません。

デビッド・グリフィン
(アメリカの)多くの人々が、9.11同時多発テロの攻撃を、新しい真珠湾と呼んでいます。
現在行われているテロに対する戦争の口実に使われたからです(9/11に関する著作『ニュー・パール・ハーバー』より)。
別の資料で解説しますが、9.11は多くの意図を持ってブッシュ・グループが起こしたものです。
そしてこの発言は、アメリカ人の多くが「ルーズベルトが真珠湾攻撃を大東亜戦争参戦の口実に利用した」ということを知っている、ということを表しています。

嘘から戦争をスタートさせる
アメリカの過去からの手法
嘘から戦争をスタートさせる

⑦嘘から戦争をスタート

大東亜戦争に大義は無かったのか

大東亜戦争の大義:「人種の平等」
(大東亜会議の共同宣言に掲げた理念の実現)
1919年、日本は有色人種を虐げている白人の人種差別を撤廃すべく、国際連盟の前文に人種平等の一句を入れるべく主張しましたが、多数が賛成したにもかかわらず、ウイルソンは今までのルールを無視し、全員一致でないからと「世界で初めての人種差別撤廃提案」を否決しました。
同じ頃から、アメリカで排日運動が盛んになりました。
「居住区隔離」「日本人学童隔離」「排日土地法」「排日移民法」などの差別問題を次々と起こしたのです。
日本は、アメリカから戦争せざるを得ない執拗な嫌がらせを次々と受け、このままでは死を待つしかない、そして一歩誤れば植民地にされかねない、という危機感と差別への憤りから、ついに1941年、開戦に踏み切ったのです。
「大東亜戦争」という呼称は、大東亜共栄圏構想の下、「人種平等」という大義を掲げて闘うとして、内閣の閣議決定で定められた大戦の正式呼称です。
それを受けて1943年、日本は東京で大東亜会議を開催し、人種平等の理念を謳った「大東亜共同宣言」を採択しました。
参加国は、ビルマ、満州国、中華民国、タイ、フィリピン、インド、日本です。
しかしアメリカは、日本を占領した時、日本国民に大義を思い出させないように大東亜戦争と呼ぶことを禁止し「太平洋戦争」の呼称を強要しました。
それはいみじくも、アメリカが日本の大義をシッカリ認知していたことを意味します。

大東亜共栄圏思想の矛盾
大東亜共栄圏とは、日本が指導者となって欧米勢力をアジアから排斥し、日本、中国、満州を中軸とし、インドシナ、タイ、マレー、ボルネオ、インド、ビルマ、オーストラリア、ニュージーランドを含む、広域な地域の政治的・経済的な共存共栄を図るという政策ですが、これは欧米に代わって、日本が支配する考え方ですが、植民地からの解放を謳いながら自分が支配するという点で、大きな矛盾を含んでいます。
それで歴史学者は、日本の中国・東南アジア支配正当化を目的とした思想であるとしています。
しかし、後述のように、日本から統治国へのインフラ整備や教育などへの投資、また、青年への軍事訓練をしていたことなどを見ると、日本が永久支配を目論んでいたとは考えにくく、将来の独立を目指しての一時支配であったのではないかと考えられます。

「日本のアジア独立支援」の姿勢は第一次世界大戦の時から始まった
第1次大戦後、ジュネーブに国際連盟が出来、そこで敗戦国ドイツ領土分割の話し合いが行われました。
国際連盟事務次長であった新渡戸稲造は「日本はそうゆうことはしない。委任なら良い。それは将来の現地の独立のためだ」と主張し、「委任統治」という制度を国際連盟に提案し認めさせました。
その時に受け取ったのが、パラオ、サイパン、トラックなどの南洋諸島です。
委任統治を引き受けた日本は、現地に投資をし、学校を作って教育を行いました。

大東亜戦争で日本が果たした世界史的意味

白人植民地の崩壊
戦前、アジアは日本とタイを除いて、全てが欧米の植民地になっていました。
左右の図を見比べれば、白人の植民地が、1942年には日本統治に代わったところが沢山あったことが解ります。
白人支配の時には、「白人には絶対に勝てない、自分たちは何をされても黙るしかない、殺されるよりマシだ」と耐えることしか出来なかったのですが、自分たちと同じ黄色人種が白人を打ちのめし、追い払った事態を見て、白人には絶対に勝てないと思っていたことが間違いであることに気付いたのです。
それが戦後のアジア、アフリカ、アラブの植民地呪縛解放に火を付けました。

アジア要人の発言
(要人故に重みがあります)

⑧アジアの要人が言う大東亜戦争の意義
アジア諸国を植民地から解放し、共に繁栄する共同体

なぞなぞ:誰でしょう?
なぞなぞ:オバマを大統領にしたのは誰でしょう?

オバマを大統領にしたのは日本です
アメリカが、黒人を法的に差別しないことを決めたのは、たった50数年前の1964年公民権法によってです。
それまでは食堂、酒場、売春宿、ホテル、学校、病院などの人種隔離が法制化されていたのです。
したがって、野球、テニス、ゴルフなどに黒人選手が現れることはなく、ましてや黒人の大統領など、誰も思いつくことすらあり得ない時代が続いていたのです。
そこに大東亜戦争で有色人種の日本が白人国家と戦い、それを契機に植民地が次々と独立を勝ち取り、人種平等の概念が世界に定着していきました。
その結果として、現在オバマが大統領になっている事実がある訳ですので、オバマ大統領の生みの親は日本です。
もう1度繰り返しますが、ホンの半世紀前までは人種差別や植民地は当たり前のことでした。
それを、根底から破壊したのは日本なのです。
大東亜戦争での戦いが無かったら、間違いなく今も人種差別や植民地が続いているのです。

大東亜戦争において日本軍はアジアで非道な振る舞いをしたか

重くのしかかっている「従軍慰安婦/南京大虐殺 問題」
- 従軍慰安婦問題 日本軍は、最大20万人にも及ぶ14~20歳までの女性を強制連行し、慰安施設において1日あたり20~30人の男性の相手をさせ、虐待の後に多くが殺された(慰安婦制度そのものにでなく、強制連行・虐待・殺害が問題視されている)。
- 南京大虐殺問題 日本軍は、南京市を陥落させた後、6週間から2ヶ月に渡り、日本兵が中国側の捕虜および一般市民を虐殺し、また略奪・強姦・放火・拉致などを行った。虐殺は総数30万人にも及ぶ。

日本の古来からの戦争観
過去の日本において、大虐殺が行われたことはありません。
戦争は、常に戦闘者間の戦いであり、一般市民虐殺などに至ることはありませんでした。
戦国時代では、町や村の人々が小高い丘の上に陣取って、弁当を食べて合戦を見物していたという記録が残っています。
敵が降伏した場合は、城主1人が切腹すれば、他の全員が許されました。
日本の戦争文化は、強姦・暴行の後、1人残らず惨殺していた西洋や中国のものと全く異なっているのです。
大東亜戦争においても、日本軍は日本の名誉を汚さぬように、残虐な行為を禁止した世界一厳しい軍規を持っていたといいます。
それなのに、なぜ30万人虐殺などの事件を起こしたのでしょうか?

日本によるアジアの統治時代は地獄だった。
現地の人々をいじめ、搾取略奪等の悪行三昧を続け、人々から憎まれている。
あなたはこのように思っていませんか?
真実はどうなのでしょう。
この戦争以前の植民地時代は、白人以外は奴隷でした。
人間と見なされていなかったのです。
それで虐殺も日常的に行われていました。
植民地では、現地に役立つことは一切行われず、収奪だけを目的としており、悲惨な状況にあったのです。
そのような所へ日本が進軍し、ご主人様と呼ばされていた白人を追い払った時には、例外なく歓声をあげたと言われています。
日本が他国を支配した行いは、弁解の余地なく悪行です。
そして、統治者としての日本人と現地の人との差別は間違いなくありました。
それでも、今まで長いこと白人に虐げられてきた時代から日本統治時代に代わった、その両時代を通して行きてきた現地の多くの人が、日本に感謝の心を持っているのは決して不思議なことではないのです。
日本軍人で一部の人は酷いこともしていた(悲しいことですがどこでもこの様な人はいるのです)でしょうが、「総じて」規律を守って現地の人に虐待などせず、そしてどの国でも例外なく現地の教育・インフラ整備・衛生向上などに力を入れました。
そして現地の人々は、自分たちを動物としか見なさない今までの白人支配者とは違う、ワンネス意識を根底に持った日本人の優しさ、誠実さに触れたのです。
その声を聞いていただきます。

アジア一般人の発言

⑨ 日本統治時代の現地一般人の証言

現地の人々が歌う日本の歌
現地の人々が作曲した日本兵を讃える歌

⑩ 現地の人が今でも歌い続ける日本統治時代の歌
現地の人が、日本の昔の歌を嬉しそうに歌っている姿を見て、直感的に「日本軍人が統治時代にひどいことをしていた」と考えるのは、間違いだと理解しました。
ひどいことをした国の歌を喜んで歌う人など、誰ひとりいません。
ましてや、日本兵士を讃える歌が作られていたなんて…
軍人にも色々な人がいますから、ひどいことをした人も間違いなくいたと思います。
そして、統治する側とされる側という差別も間違いなくありました。
しかしこの動画を見ると、総じて日本軍人は規律正しい行動をとっていたことが想像できるのではないでしょうか。

日本軍人がアジア独立のためにとった行動
日本は開戦(12月8日)前の1941年春に「南方軍政要領」を御前会議で決定しています。
その中に「当面は軍政を布くが、日本の占領は暫定的なものであり、将来は独立させる」と明記しています。
当初から、永久支配など考えていなかったのです。
日本軍は、駐留地の若者に軍事訓練を施していました。
そして降伏が決まった時、統治していた国に自分たちの武器弾薬を渡すとともに、速やかに独立宣言をするよう促しています。
その後、宗主国が元の植民地に戻そうとした時、国民が独立戦争を興したのです。
力の無い所では、日本兵が帰国せず、指導者として独立戦争に身を捧げた者も沢山いました。
インでネシアでは、2000人の日本兵が残って、一緒に独立運動を戦い、戦死しています。
このような日本人の努力のお陰で、アジアの全てが独立を果たし、中東・アフリカにもその流れが拡大していったのです。
この事実を、アジアの殆どの国が明確に認識しており、日本に感謝の意を表しています。

東京裁判
東京裁判は裁判ではない、戦勝国が敗戦国に行ったリンチである(世界の常識)
- 国際法上、戦勝国が敗戦国を裁く「裁判」は認められていない
国際法では
- 国は(国の生存権を守るための正当な権利として)「戦争権」を持つ
- 国家は「開戦権」を行使して、一方的な宣戦布告により、相手国との間に正式に戦争状態を起こすことができる
戦争犯罪定義(代表的なもの)
- 一般市民(民間人)ないし非戦闘員を攻撃・殺傷してはいけない
- 軍事目標とされるもの以外の民間物や非防守都市を攻撃・破壊してはいけない
- 不必要な苦痛を与える残虐な兵器を使用してはならない
- 捕虜を虐待してはならず、原則的に食物・医療・寝所については自国将兵と対等な扱いをしなければならない
東京裁判における「戦犯」
A級戦犯、B級戦犯、C級戦犯とは、「罪の大きさ」で分けているものではない。戦争犯罪を問う理由の「区分」である。
東京裁判での区分としては、
- A級戦犯 … 「平和に対する罪」
(YAS注:この様な罪は問うことができない)
(上記「戦争犯罪定義」参照) - B級戦犯 … 「通例の戦争犯罪」
- C級戦犯 … 「人道に対する罪」

従軍慰安婦・南京大虐殺問題考(YAS)
今まで見てきたアジア各地の反応を見ると、規律の厳しかった日本軍がなぜ大韓民国と中国においてだけあれほど残虐な行いをしたのか、疑問を感じてしまいます。
そう言えば
1. 従軍慰安婦問題
- 20万人の従軍慰安婦が毎日20~30人の男性の相手をさせられた。すると1日あたり400~600万人の男性が通っていたことになる。当時の海外派兵数は100万人なので、1人が毎日4~6回通っていた計算になる。えーっ!あり得ない。戦争も出来ん!
- 性奴隷に300円の給与支払いをしていた。当時の一等兵の給与が10円の時代にです… これって、本当に強制連行した奴隷に支払う金額だろうか?
- 実は、従軍慰安婦問題の発端は、1983年に吉田清治という人物が書き、1989年ハングル翻訳された『私の戦争犯罪』という本にあります。その内容は、1995年になって吉田自身が、主張を織り交ぜた「創作」であることを認めています。
- 朝日新聞は、吉田証言を32年間16回に渡って報道し続け、世界に広めましたが(記事を書いた植村記者の妻の親は大韓民国人で反日団体の幹部)、朝日は2014年8月5日付けの新聞の1面と16~17面を費やし、「慰安婦は日本軍に強制連行された」と主張した根拠である吉田の話を「虚偽だと判断し、記事を取り消します」と訂正し、慰安婦が「女子挺身隊」だったという事実誤認も訂正しています。これは吉田が自書を嘘だと認めてから9年も後のことです。しかし時は既に遅く、慰安婦問題が世界中に広まって手が付けられなくなった後のことでした。

2. 南京大虐殺問題
- 30万人虐殺、当時の南京の人口は20万人。えーッ人口より多くを殺した??? しかも1ヶ月後の南京の人口は25万人に増えている(人口は全て国際委員会報告数値)。どこかがおかしい…
- 南京陥落は1937年12月13日。15日にシカゴ・デイリー・ニューズが第1報「数千人の虐殺報告」を出している。たった2日間で日本軍が数千人殺すのも大変だが、進行中の事件の膨大な人数を記者がなぜ把握できるのだろう… 大きな事件の場合、数ヶ月・数年経過後にやっと殺害人数などの真相が明らかになるのが普通だが…
- ナチスは「ユダヤ人を根絶やしにする」という目的をもって実施したが、日本軍が組織をあげて30万人も殺す理由が全くない。大量虐殺の話には余りにも無理が多い。
- 実は、南京大虐殺問題が広まった発端は、1971年に朝日新聞記者の本多勝一(在日大韓民国人)による、検証しないまま中国側の証言のみを取材した「南京大虐殺」に関する報道「中国への旅」にあります。そこでは毎回、残虐で非人道的な日本軍が語られました。本多はその後、日本軍による虐殺の証拠として使ってきた写真が、実は捏造であったことを認めています。その言い分ですが、「私は中国側の言い分を代弁しただけ、抗議をするなら中国側へ直接言ってくれ」という、極めて無責任なものでした。

従軍慰安婦と南京大虐殺に関して、わざと一方からの偏った説明をしてきましたが、確かに今まで聞かされてきた情報には、何か釈然としないものが数多く含まれているように思います。
私たち日本人は、今持たされている情報を一旦リセットし、1人1人が真っ白な心で再検証したうえで、自分なりの確信を持ち直す必要があります。
そうしないと、今後日本人が中心となって文明を拓いていく活動に陰を落とします。
それは、日本のみならず、これから日本文明の果実を受け取る諸外国にとっても、良いことではないでしょう。
インターネットに、動画が沢山出ていますので、先ずそれから見られたら良いと思います。
本も沢山出ていますので、参考にしてください。

原爆投下は仕方なかったのか

原爆投下や無差別衝撃の底にあるのは「人種差別」
日本政府は、少なくとも1945年5月に降伏の打診をしているが、この打診は米政府によって公式に無視、あるいは拒否された。
事実、1944年の早い段階から、日本政府の内部では完全敗北とみなしうる条件の受け入れが真剣に検討されていたのだ…(中略)米戦略爆撃調査の公式報告は、原子爆弾が投下されなくても、或いはソ連が参戦しなくても、また上陸作戦が計画ないし検討されなくても、日本は「あらゆる可能性を考えに入れても1945年11月1日までに」無条件降伏をしていただろうという意見である(『アメリカの鏡・日本』ヘレン・ミアーズ著より)。
戦争末期には、人類最初の原爆投下、原爆はわざわざ2種類を使用し「その効果を調べる人体実験」を日本人を使って行いました。
原爆投下後、すぐに医療班を現地に送りましたが、それはデータ収集が目的であり、治療などはほとんど行われなかったのです。
ここでの収集資料の解析に、日本の研究者の参加は認められず、全調査資料が米国に送られ、アメリカ陸軍病理学研修所に保管されました。アメリカは、人道上からも許されないことをやってたのです。
また、膨大な数の一般市民を殺戮した日本全土での無差別爆撃は、一般市民殺戮を禁止する明確な「国際法違反」であり、断じて許されざるものです。

東京大空襲でなぜ皇居が爆撃されなかったのか

終戦の1.5年前に作られた「日本占領統治計画」
米国務省の「戦後計画委員会」において、1944年3月に報告書がまとめられました。
その骨子は「日本をアメリカの単独占領下に置いて、日本の徹底的非武装化と民主化を行い、後になって日本が独立を回復しても名目的なものとして、実質上はアメリカの管理化に置く。天皇を占領下で在位させて利用し、日本政府を存続させて間接統治を行う」というものでした。
したがって終戦の1年半前に既に、天皇の存続と日本に平和憲法をあてがうことを決めていたのです。
その筋書き通りに進められ、今に至っています。

日本人の自虐史観の元凶
あなたが悪いのではありません、その源は米占領軍の日本洗脳工作「WGIP(War Guilt Information Program)」にあります。この事実を知ってください。

米占領軍は大東亜戦争後の1945年から1952年までの7年間の占領期間に、「WGIP(War Guilt Information Program)⇒ 戦争罪悪感植え付けプログラム」を実施しました。
それは、日本が再びアメリカの脅威とならないよう、戦争に対する罪の意識を日本人に植え付ける、徹底した情報・教育面からの洗脳計画であり、言論統制と共にアメリカ軍の占領政策の柱でした。
日本人が自己否定するよう誘導し、日本人が日本を断罪することによって、今後、日本人から「アメリカがなぜ日本を戦争に追い込んだのか、なぜ明確な国際法違反である原子爆弾投下・空爆によって日本人を大虐殺したのか…」などを指摘されないように仕組んだのです。
それを効果的に行うため、アメリカは言論を封鎖しました。
その、洗脳計画事例の主たるものとは
- 「太平洋戦争史」 1945年12月8日~17日の間、日本のすべての日刊新聞は米国史観の「太平洋戦争史」なる歴史を毎日掲載させられました。ここで初めて「南京大虐殺」と「マニラの虐殺」の話が出てきたのです。
- 「真相はかうだ」 1945年12月9日~1946年2月にかけて、約2ヶ月間、日曜午後のゴールデンアワーにNHK第1・第2で「太平洋戦争史」をドラマ化したものを放送させられ、その後再放送も行われました。
- 「宣伝映画」 日本の戦争犯罪を告発する宣伝映画が9本も作られ上映されました。
日本の教科書は、米国史観の「太平洋戦争史」が歴史館の源になっており、ここに歴史教育の歪みの原点があります。
こうして、日本のマスコミ界や教育界、歴史学界は、米国によって強要された物語を自分の物語として語る傾向を持つようになっていきました。
それを拡大再生産してきたのが日教組であり、マスコミであり、知識人たちでした。その延長線上に「従軍慰安婦」「三光作戦」「南京大虐殺」といった話が出てきているのです。
また、米占領軍は、個人の私信にまで検閲を行い、「原子爆弾は国際法違反の戦争犯罪である」という鳩山一郎の談話を掲載した朝日新聞を発行停止処分にするなど、すさばじい言論弾圧を行ったのです。
そして、表現活動において触れることを厳禁した30項目(30ヶ条)が設けられ、思想言論のコントロールをするために、言論統制がしかれました。
体験者は、真実を言うことができず、マスコミ、政治家、役人は保身のためGHQに逆らうことはしませんでした(2015年月間正論5月号より:近現代史研究科 関野通夫)。
是非、これらの内容を、自分の手で調べていただきたいと思います。

参考図書
日本人は1度、今までの見方と違うものに意図して触れることが必要です。
それで次の本を紹介します。

平和憲法考(YAS)
自虐史観と、直接は関係ありませんが、日本が再びアメリカの脅威とならないようにする戦略の一環として、「平和憲法」を日本に与えました。
自分の国では絶対に持たない「戦争放棄」を謳った、ある意味「理想的な平和憲法」を作って,日本に与えたのです。
現在、この憲法を見直そうとする動きが活発です。
その論拠として「アメリカから押し付けられたものであり、ハーグ条約違反の憲法だから」というのがありますが、そのような論旨よりも、それが自分たちの憲法として適切かどうかを判断した方が建設的です。
もう1つは「自分の国だけ戦争しないといって平和を守られるような甘い世界ではない。敵からの無用な攻撃を避けられるよう、自前で防衛できる力を持つ時期である」というものであり、私はこの意見に賛成です… が、それは以前の話です。
この論旨には、重要な見識が欠如しています。
それは、別の資料で詳しく説明していますが、現在人類の意識が変容し次元が上昇する「大変革の時期」にあります。
これから、今までの価値観が崩れていき、ワンネスの世界へと移行していきます。
なので、今さら防衛とか軍隊とかの話ではないのですが、まだ多くの方がそのような話に耳を傾ける状況になっておらず、また、変化にはもう少し時間がかかりそうですので、その間、やはり日本をシッカリ守っておかねばなりません。
そこで提案です。
平和憲法は維持し、もう少しアメリカに守ってもらいましょう。
「アメリカが与えた憲法ではないか」と逆手に取って、シッカリ守るように主張すべきです。
そのために、お金を出しても良いと思います。
しかし、アメリカが日本を守ってくれると考えること自体、間違っています。
アメリカ軍が日本にいるのは、自国の防衛のためです。
地図をよく見てください。
アメリカから見て、中国やロシアの出口を蓋しているのが日本列島です。
アメリカは、日本、グアム、ハワイなど、何層にも防衛ラインを作っており、それは全てアメリカのためです。
したがって、何かあったらアメリカの都合で日本が見捨てられる危険性は常に存在していますので、日本が自衛隊を持っていることは必要です。
防衛上、不都合な部分は憲法を変える必要があるかも知れませんが、侵略戦争の放棄は堅持できるように明文化する必要があります。
そうしておきながら、日本は次の黄金時代に向けての役割に集中し、この世界を出来るだけ早くワンネス世界へ変えていったら良いと思います。
この資料に示した通り、日本が中心となって、新しい文明を作っていく時期に既に入っているのですから…
以上、私見でした。

大東亜戦争考(YAS)
日本の参戦は、やはり間違いだったと思います。
戦争体験者の言葉「理由は何であれ、戦争は絶対にしてはならない。戦争はあまりにも悲惨だ」は、重く受け止めねばならないと思います。
開戦前、ルーズベルトの戦略で日本は数々のいじめを受けていました。
石油輸入もストップさせられたのです。
しかし、開戦前の国民の生活はそんなに切羽詰まった状態ではなかったようです。
一方、軍部内ではドイツが勝つと信じており「乗り遅れないように早く参戦したい」という雰囲気だったそうです(日下公人)。
おそらく、開戦していなければ、数年後には日本は生活に困る状況に陥っていたかも知れませんが、それでも膨大な戦死者や空爆や原爆被害も含めた「戦中・戦後の困窮」に較べれば、遥かにましなのではないでしょうか。
そして、そのような日本の状況を国際社会が長期に渡って放っておくことも無かったように思います(有色人種差別の時代なので少し自信はありませんが…)。
「戦争はしてはならない」これはあらゆるものに優先させるべき決意ではないでしょうか。
…と書きながらも、「もし日本が参戦していなかったら、恐らく今もアジア植民地時代が続いていただろうし、日本もその渦に巻き込まれていただとう」という考えがよぎります。
これが正しい、という答えを出すのはなかなか難しいものです。


