日本への文明回帰:第3章

西回りで繁栄した国際都市

焦点には世界最大級の国際的都市文化が誕生する

前インダス文明

前インダス文明

西回りスピン = 東経67.5度 = 中心はモヘンジョダロの地下

約5600年前~約4800年前

  1. 文明のなぞ モヘンジョ・ダロ遺跡の12メートル下層から、別の大規模な遺跡が近年発見。これは一般的に言われている、インダス文明の先駆けになる高度な文明。モヘンジョ・ダロは、遺跡の上に別な遺跡がおおい、年輪のように何重にも重なっている。地下水が噴き出す悪条件もあって発掘が思うように行かず、現在もモヘンジョ・ダロの最下層がどこまで続いているのか謎である。この巨大都市の人々は歴史から突然姿を消した。どこに消えたのか以前謎に包まれたままだ。最も異色といえるのは、古代核戦争で滅んだとする説だ。これはインドの叙事詩じょじし『マハーバーラタ』に核戦争を暗示する描写があるのを根拠こんきょとしている。事実、遺跡から5キロ離れたところに、「ガラスになった町」と呼ぶ場所がある。そこではガラス化した石が直径約400mの範囲にわたって散乱し、光熱で焼けた土器なども発見されている。
  2. 生活水準の高さ 堅固けんこ城塞じょうさい、整然とした碁盤目状の街路、完備された排水設備、見上げるばかりの穀物倉、広大なもく浴場… それらは何千年も前に緻密ちみつな都市計画のもとに建設された周囲5キロにもおよぶ巨大都市であることを物語っていた。人口約3万人ほどをようしていたと思われる。

モヘンジョ・ダロの発掘現場

人骨の山

遺跡のあちこちに見られる、訳の解らない人骨の山

排水設備の跡

耐水性の高い、かま焼きレンガを使用している。

踊り子と呼ばれる青銅製の像

モヘンジョ・ダロから出土した踊り子と呼ばれる青銅製の像

先住民を表しているとされる

印章

出土した印章、2~5センチほどで、凍石とうせき

護符ごふなどに使用された

焦点には世界最大級の国際的都市文化が誕生する

メソポタミア文明1

メソポタミア文明1

西回りスピン = 東経45.0度 = 中心はメソポタミア文明域の中心

シュメール後の、複数の王国の興亡

  1. 国際性の高さ この地は、ティグリス川とユーフラテス川が接近する交通の要衝ようしょうにあり、各治世ちせい者は、道路や運河を整備してネットワークの形成に努め、都市と都市、都市と諸地方の間で活発な交易が行われた。貿易の交易範囲は広大で、エジプト文明やインダス文明と交易があった。
  2. 諸外国や後の時代への影響の大きさ 世界の四大宗教のうち3つまで、すなわちユダヤ教、キリスト教、イスラム教がこの地で生まれた。また、東西文明の交流の場として、東西の諸文明に大きな影響を及ぼした。また、ここで生まれた暦の大陰太陽暦や、1週間を7日、占星術、六十進記数法などは現在用いられている。
  3. 生活水準の高さ メソポタミア文明が、シュメール文明の文化の多くを引き継いでおり、また、運河・灌漑かんがい施設の整備、高度な農耕器具により、現代と遜色けんしょくのない豊かな農業収穫が得られていた。
  4. 知的水準の高さ ハンムラビ法典が、社会正義の確立と維持を意図として作成されたことからも、文明の知的水準の高さが推定できる。

アッシリアのニムルード宮殿の浮き彫り彫刻

バビロン発掘現場

ハンムラビ法典が記録された石碑

ギルガメッシュ叙事詩(じょじし)の粘土板

アッシリア図書館の碑文

テキスタイル

焦点には世界最大級の国際的都市文化が誕生する

メソポタミア文明2(エジプト文明)

メソポタミア文明2

西回りスピン = 東経33.75度 = 中心はエジプト文明の中心

  1. 国際性の高さ この地は、メソポタミアと早くから交易が行われていたが、国際性という点では、メソポタミアにくらべてはるかにおとり、あくまでもサブの文明という位置付けである。
  2. 諸外国や後の時代への影響の大きさ ナイル川の氾濫はんらんを正確に予測する必要から天文観測が行われ、今では世界的に使われている太陽暦が作られた。また、氾濫が収まった後に農地を元通り配分するため測量が発達し、幾何学の起源となった。1日を24時間にしたのもここエジプトである。
  3. 生活水準の高さ 基本的に農耕社会であり、自足自給で生活していたので、経済活用の範囲が「村」「町」の中で完結し、この国には「経済」が育たなかった。1年の半分はナイルの増水で農地は水没していて農民は暇であるため、ファラオが農民を集めて働かせた。ちゃんと働けば小麦とビールが配られた。ファラオは暦を航海して農業生産の後押し、医療情報を公開して社会保障政策を行ったり、数学の教科書を広く学ばせ学問のレベル維持に努めていた。
  4. 知的水準の高さ エジプト人は死後の世界に対して独特の関心を持っていた。彼らの死後の世界を描いたのが「死者の書」であり、死後に再生するための肉体を保存するのがミイラである。文化面では、イクナートンが、アマルナ美術と呼ばれる写実的で活き活きとした芸術を残した。

アブシンベル神殿

ツタンカーメン王

ミイラ

アクエンアテン(イクナトン)の像

アクエンアテンの王妃:ネフェルティティ胸像

レリーフ:イクナートンの家族

レリーフ:トート神

エジプト文字

パピルス紙

死者の書:裁判の場

象嵌細工の黄金の襟飾り

シリウスの女神:イシス

トト神像

ガラス容器

焦点には世界最大級の国際的都市文化が誕生する

ギリシャ文明1

ギリシャ文明1

西回りスピン = 東経45.0度 = 中心はアテネ

  1. 国際性の高さ アレキサンドロス大王がインド西北部、エジプトからインドに及ぶ広大な帝国を作り上げ、ヘレニズム(ギリシャの精神/文明)を広めた。
  2. 諸外国や後の時代への影響の大きさ ギリシャ語やラテン語が後世の学術用語として使用されており、ギリシャ神話は文学作品として今でも影響を与えている。古代オリンピア競技はオリンピックとして今日に受け継がれ、哲学、民主政治の理念は、その後のヨーロッパの学問、文化の発展に強い影響を与えた。
  3. 生活水準の高さ 都市国家(ポリス)の多くは、中心に小高い丘があり、神殿が建てられた。神殿から見下ろした位置にアゴラと呼ばれる政治、経済の中心となる広場が作られ、さらに市民の娯楽のための劇場、競技場が近辺に作られた。
  4. 知的水準の高さ ギリシャ哲学が発達し、アリストテレスやソクラテスなどを輩出した。また自然科学が発達し、数学者のユークリッドや、物理学者・機械工学者のアルキメデス、歴史学者のヘロドトスなど、多くの学者がギリシャ文明から出てきた。

パルテノン神殿

競技場

円盤投げ(ディスコボロス)

ミロのヴィーナス像 | アフロディテ(ヴィーナス)像

スフィンクス

レリーフ

アリストテレス

アルキメデス

楽譜

「デルフィ賛歌」とよばれる最古の楽譜

武具

歯車式の天球儀(アンティキティラ島の機械)

太陽や月の動きを正確に示す、うるう年や月食や日食も予想

焦点には世界最大級の国際的都市文化が誕生する

ギリシャ文明2(ローマ文明)

ギリシャ文明2(ローマ文明)

西回りスピン = 東経12.14度 = 中心はローマ

  1. 国際性の高さ ローマ帝国自体が、地中海を囲む、ヨーロッパ南部および中央部、西アジアの地中海沿岸部、アフリカの地中海沿岸部の一帯までと広範囲であり、またシルクロードの出発地点にもなっている。
  2. 諸外国や後の時代への影響の大きさ 現代の各国の法は、ローマ法を参考にしている。テオドシウス帝の時からキリスト教を国教化し、キリスト教を普及させた影響も大きい。土木・建築に傑出し、セメントを発明した。
  3. 生活水準の高さ 繁栄期には、広大な属州からしぼり取った富がローマ市民にばらまかれてたことと奴隷どれい制度の下で、貴族は贅沢三昧、市民は食費・娯楽・入浴すべてただの、非生産的毎日であった。このような生活水準が高いのか低いのか、判断に苦慮するところでもある。道路や建築においては非常に高いレベルにあった。
  4. 知的水準の高さ 法律(ローマ法)に基づく社会を構成していた。ローマ文化の芸術性はギリシャの域を出なかったものの、建築物や像などで多くの芸術的作品を造った。

円形競技場:コロッセウム

コロッセオ(闘技場)

パンテオン神殿

水道橋

カラカラ浴場

トラヤヌスの凱旋門

板石舗装道路:アッピア街道

ローマ軍の鎧 | ローマ軍の兜

ウェヌス像 | マルクス・ノニウス・バルブスの彫像

カピトリヌス丘の狼

サイコロ

ローマ・グラス

ローマコイン

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