6. 目覚めで起きる変化

(1)エネルギー的変化

エネルギーシステムの再調整と膨大なエネルギーの解放
今まで「偽りの夢」を維持するのにどれだけのエネルギーを使っていたのかが解ります
目覚めでは、先ず私たちのシステムの働き方が再調整されます。
精神・マインド・ハートレベルで、システムの再配線が起こり、物質と高次元の肉体双方で、全エネルギーシステムの流れ・働き・経験されるやり方に、深い変化があります。
また今まで、夢を維持するのに必要なエネルギーを内なるダムに吸収/保持していましたが、夢が崩壊するに伴ってそのダムが開き、膨大な量のエネルギーの解放が起こります。
それが「内なる解放」と呼ばれるものです。

(2)意識的変化

変化に気付く
自分が構築してきた今までの認識が自分の足下から消滅し始めます
目覚めのある時点であたりを見回し始め、物事が非常に変わってしまったことを理解します。
自分の人生で方向付けをしてきた多くのこと(自分とはこのような者だ、世界はこのようなものだ、生きることはこのようなものだ…等)がもはやそこには無いに気付きます。
エゴ的動機の多くが消え、以前人生の中でやる気になったことのほとんどが、自己中心的だったことに気付きます。
分離の全構造が自分の足下で消滅し始めるのです。

観点の変化
観点が変わるだけであって、プロセスがジャンプする訳ではありません
目覚める前は分離という観点を有し、周りと特定の肉体を持った自分とは区別して認識されます。
自分が何者であるか、その真実を自分が知らない状態です。
目覚めた後では非分離の鳥瞰的観点から行動するようになります。
もはや特定の肉体や人格に限定されず、周りとも分離していないことを知ります、しかしやっていることやその方法そのプロセス自体は目覚める前と後で大して違いはありません。
目覚めた後でも、間違った認識というものはありますし、ある種の執着や条件付は残りますが、意識はより深いレベルに移り、あらゆることが意識的になることで以前は無意識であった物事を観る方向に変わります。

意識の混乱
ワンネス意識を体験するも、個人としての身体やマインドはそのままある混乱
ワンネス意識が芽生えたとしても、まだ肉体、マインド、人格という人間構造の全てがあります。
意識ではワンネスだが、肉体/マインド/人格などは分離状態、その乖離で自分が他人のように感じられてしまいます。
したがって目覚めは多くの人にとって、かなりの混乱として経験されることが多いようです。

「ただ私は在る」という意識
人生の全てが自然に流れていきます
「ただ私は在る」以外は流動的で不確定な状態であり、何が起こるか解りません。
自分が進化しているのか退化しているのかすらも解らないのです。
そこで重要なことは、自分が解らないということを知っていることです。
したがって、もう自分の人生と言い争うことはしません。
人生には自分の役割があり、争う代わりに自分の人生に100%同意してその役割を演じるようになります。
そしてそれは自分にとって満足のいくものとなります。
全てが自然に流れていきます。

(3)感覚的変化

恐怖感
目覚めは一時恐怖感を生み出すかも知れません
個人的意識の明け渡しは、残存自己感覚の中に恐れを生み出す可能性があります。
自分という存在を危険にさらす、自分の欲しいものが得られなくなる、周りの世界も自分の望むように起こることはない、というような恐怖の思いですが、それはただの思考に過ぎません。
認識が進んで、自分が個々のものでなく全体性であることをはっきり認識すれば、もはや恐怖はなくなります。

途方も無い安堵さと軽さ
自分が背負っていたとは知らなかった重荷が取れるのです
一般的経験として、目覚めは途方もない安堵感と軽さ、として経験します。
途方もない重荷が肩から取り去られたように経験されるのです。
それは自分が持ち運んでいるとは知らなかった重荷です。
つまり自分を自分たらしめていたアイデンティティが融け去り、自分自身を誰かとして見る必要が無くなった安堵感と軽さなのです。
その発見は修行の中ではなく、埃にまみれた日常的体験の中で起きます。

方向感覚の喪失
マインドが新しいストーリーで自分の方向付けを行おうとしています
目覚めは至福的で途方もない安堵である可能性が高いのですが、同時にそれは方向感覚の喪失としても経験されます。
「私はこれからどうなって行くのだろうか、何が自分の動機となるのだろうか」というようなものですが、方向感覚が定まらないのはマインドが新しいストーリーで自分自身を方向付けようと奮闘しているからです。
つまり、方向感覚の喪失は目覚めの過程の一部であり、それは自然なことなのです、
奮闘すればその喪失を強く感じるようになりますが、委ねれば喪失感は減少します。
そして完全に悟ればどんな方向性もないことが解り、喪失感はなくなります。

(4)身体的変化

エネルギーシステムの再構築と膨大なエネルギーの解放による身体の変調
安定するまでしばらく時間がかかります
このエネルギー解放でよく起きるのが、不眠症、それ以外に心悸亢進、痙攣などの身体の自動的動きなどです。
マインド、肉体、精妙体が新しいエネルギーの量に合うまで、しばらく時間がかかる場合があります。
また、再構築時は記憶にも混乱が生じます。
ともかくくつろいで、再構築プロセスに身を任せることが必要です。
くつろぎが肉体的変容速度を促進します。

7. 囚われてはならない目覚めの副産物
目覚めに副産物が伴う場合があります。
それが超常的で気持ちの良い感情状態であるがためにその副産物に夢中になり、それを追い求めることにのみ集中して肝心の目覚めの深化がおろそかになる事例が多いのです。
実際、多くのスピリチュアルな修行は副産物の再生産に焦点が当てられています。
つまり目覚めそれ自体が無いのに、ただ目覚めの副産物を得るという結果だけに終わっているのです。
目覚め/悟りの真実はただ1つ、ワンネス意識を深めることですから、私たちはこれから提示するポジティブな感情状態の追求に囚われないように注意する必要があります。
しかも皆が目覚めればそれらの副産物はごく当たり前のこととなり、もう誰も特別な注意を払わなくなるものなのです。

歓喜/至福感
意識を内側に向けると、歓喜・至福感がやって来ます
目覚めが歓喜・至福感を伴うことがあります。
歓喜・至福感に理由はありません。
自分が歓喜・至福そのものなのです(ワンネス・次元上昇へ8頁参照)。
そんな時、そこにずっと浸っていたいと誰もが考えますが、自分の生活に意識が向けばそれは遠のきます。
しかし意識が生活から離れ心が内側に向かうと、また言い切れぬ歓喜・至福感がやって来ます。

自分の拡大感覚
宇宙の果てまで拡大します
自分の身体が無限に広がっていき、広大で無限の空間、自分が宇宙そのものになった体験をすることがあります。
それはまるで、アラジンの魔法のランプから巨人が出てきた感覚です。

時間がゆっくり動く感覚
時間は絶対的なものではありません
時間がゆっくり動いていることに気が付くことがあります。
時間が止まることもあるかも知れません。
今までは時間は絶対的なものとして、それに規制された活動をしてきましたが、この体験で時間は絶対的なものとして存在するものでは無いことを直感的に理解します。

同化感覚
ワンネスの感覚です
相手や自然との同化感覚がやって来ることがあります。
他人という感覚が薄れ、相手が感じていることを自分も感じているという、今までに無い感覚です。
また風に揺らいでいる樹を見ていると、自分が樹そのものになって風に揺らいでいる感覚を持ちます。
周囲のもの全てが自分そのものであり、もともと全てが1つであることを思い出します。

静寂
今まで経験したことの無い静寂です
今まで私たちは、自分のマインドの10%を実際に考える必要がある物事のために使っており、残りの90%は分離世界の白昼夢を紡ぎ出す「脳のおしゃべり(ワンネス・次元上昇へ264頁~268頁参照)」に使っていました。
目覚めの後、その脳のおしゃべりが静まって行き、今まで経験したことの無い静寂を経験することがあります。
耳鳴りすら無い静寂の世界です。

途方もない洞察の経験
理屈も何も無しに、ただ解ります
途方も無い宇宙的洞察(全宇宙がどうやって構築されているかについての洞察、私たちが現実だと考えていることが自分の内側でどう働いているかの洞察…等)を経験することがあります。
それは教わった感覚で無く、ただ「解った」という感覚です。

明晰さとシンプルさ
マインドを精妙かつパワフルに使えるようになります
今までのマインドは、自分の意図と関係なく分離意識の夢を勝手に作り出していましたが、目覚めた後では、自分のコントロール下でマインドが非常に正確に働く道具に変わる体験をすることがあります。それはまるでレーザー光線でターゲットを指す感覚です。研ぎ澄まされた感覚と言っても良いでしょう。

感覚の鋭敏化
関心を払えば、それは益々鋭敏になるでしょう
周りの感じ方が変わることがあります。
例えば、自分が見える領域が広くなっていることに気付く、以前感じなかったことおを感じる、他人が感じていることを感じる、エネルギーに敏感になる、などです。
これは一部の人にとっては不快となる可能性もあります。

ヒーリング能力
すばらしい贈り物ですが、その能力を使ってエゴが再構築される危険もあります
元来、誰でもヒーリング能力を保有しているのですが、それが目覚めによって高まる人もいます。
それは素晴らしいことです。
しかし、ヒーラーであることをめぐってエゴが再構築されれば、目覚めにとって困難を生み出します。
新しく保有した能力に夢中になること無く、それをあるがままにしておく知恵が必要です。


