目覚めとその後:第1章

はじめに

この資料の位置付け

目覚め~悟りのプロセスはまさしく人さまざまであり、正解は何もありません。

しかも悟りの正確な描写は不可能です。

例えば悟りという宝石を説明するにあたって、様々なカット面(観点)から話すことができますが、宝石全体(悟り)について話すことは不可能です。

そうは言っても多くの人に目覚めがやって来た現在、やはり何か参考になるものが欲しいと思うのは私だけではないと思うのですが、残念ながら目覚めがやってきた時に参考になる解りやすいものがほとんど無い状態なのです。

それで自分のために間違いを承知のうえで、代表的な悟りプロセスと考えられる内容を、自分自身が解るようにまとめました。

ところがそれを見た複数の方から、この資料が役に立つ人がきっといらっしゃると思うので、それをオープンにしませんか、というお話がありました。

プライベートな資料の公開にはかなり抵抗もありましたが、たった1人の方にでもお役に立つのであれば、という思いでホームページに載せることに致しました。

ということで、ほとんどの方にとっては、全く参考にならないどころか、逆に害になる可能性すらあります。

何卒なにとぞ容赦ようしゃを。

この資料は、「『あなたの世界の終わり』著:アジャシャンティ 訳:高木悠鼓たかきゆうこ 出版:ナチュラルスピリット」をベースにしています。

素晴らしい本ですので、正しくはそちらをご覧ください。

なお、現在は目覚めに次元上昇がからむ特別な時期ですので、ここに書いてある内容以上/以外の変化が起きる可能性を常に念頭に置いてお読みください。

悟りを目指している方へ

地球人類の目覚め、次元上昇のために地球に来ているアバター、アンマ・バガバンのミッションである「7万人の目覚め」が達成されたという情報が2012.8.21にありました。

大変喜ばしいことです。

しかしこれを聞いて、自分はじゃぁもういいのか、と言われた方がいらっしゃいます。

それは心違いです。

先ず、この7万人の方々は、自分1人の力で目覚めを達成した訳ではありません。

あなたも含め、目覚めに向かう多くの人々の集合意識エネルギーの上昇が、7万人を後押しした結果なのです。

あなたも今回のミッション達成に大きな貢献をされているのです。

加えて、これから更に目覚める方が増えることが、より多くの次元上昇者を生み出す原動力になります。

「自分はもういいのか」などのような悲しいことをおっしゃらず、今まで通り目覚めに突進してください。

お願いします。

また、人それぞれに役割がありますので目覚めのタイミングは人様々です。

しかし、少なくとも2035年までには全人類が目覚める予定ですし、日本人はもっと早いようです。

少々遅れていることに心を痛める必要は有りません。

目覚めの意思をシッカリ持ち、ディクシャなど自分が出来ることはちゃんとやって、あとはお任せで参りましょう。

1. 悟りというものへの多くの誤解

目覚めたいと思っていないのに目覚めを求めている誤解

今居る夢の世界で幸福になりたいと思っているだけでは?

目覚めたいと言う大抵の人は、実際には目覚めたいと思っていないことが多いのです。

彼らが本当に欲しがっているのは、目覚めていないこの夢の状態で幸福になることです。

要するに本当の目覚めでなく、分離意識の世界で自分版の目覚めが欲しいだけなのです。

悟りの本当の衝動とは、夢の状態を自分にとって良いものにしたいという欲望をはるかに超えた何かです。

それが素晴らしいことになろうと、ひどいことになろうと、一切の条件を付けず自分を完全な目覚めへ連れて行くことをただただ求める激しい衝動です。

「目覚め・悟りは難しい」という誤解

今は時代が変わりました。希望した誰もが目覚めることが出来ます。

今までは分離意識で学ぶ時代でしたので、目覚める人は希でした。

そのため「目覚めは希な出来事/大変な修行が必要」という意識が人々の中に定着しました。

しかし今、時代が変わりました。

地球人類が一斉に目覚める時代に突入したのです(ワンネス・次元上昇へ25頁~74頁参照)。

ところがこの時代の変わり目において、上記旧来の考え方は自分が目覚めるうえで障害となっています。

現時点で目覚めが困難であることはありません。

人類に降り注ぐ電磁波・ディクシャ・ライトワーカーの働き、など目覚めに必要な環境が整っているのです(ワンネス・次元上昇へ190~193、197、353~371頁参照)。

「目覚め/悟り = 変性意識状態」ではない

目覚める前の夢の状態(分離意識状態)が変性意識状態なのです

悟り(ワンネス意識状態)を変性意識状態と表現しているものが沢山ありますが、悟りは変成しないあるがままの純粋意識です。

正確には、いま私たちが持っている分離意識こそが、あるがままのワンネス意識が変性した状態なのです(ワンネス・次元上昇へ26頁~30頁参照)。

分離意識は自然な状態でないので、維持するために途方もないエネルギーを必要とします。

実はそのことが、いま目覚めの時期に来ている人類の目覚めが容易に進まない原因になっています。

目覚めとは、何かに成る/どこかに行く/何かを得る ことではない

目覚めは分離意識の基で考えていたものとは違います

目覚めは何かに成る旅ではありません。

自分そのものを失ってしまう旅です。

目覚めはどこかに行く旅ではありません。

自分がずっと居た場所を、ただ完全に違って見るというだけです。

目覚めは何かを得る旅ではありません。

世界認識など、今までこうだと確信していたものを手放す旅です。

目覚めとは観点の変化であり、それは夜の夢から目覚めるのに似ています。

別の世界へ目覚めた感覚です。

「目覚め/悟り = 神秘体験」という誤解

この誤解のために目覚めを見逃す事例が後を絶ちません

目覚めとは、その時に得られるかも知れない「神との融合、環境との融合、大海へ消滅、途方もない宇宙的洞察など」の神秘体験と同じではありません。

それらは個人の体験です。

この誤解があるために、目覚めの副産物を追い求めて目覚めそのものを見逃す事例が後を絶ちません。

目覚めとは個人的体験の話ではなく、「自分・個人」からの目覚めの話です。

また目覚めとは意識の変容であり、同じものを見ていても全ては同じものが現像化したものとして見る世界です。

「目覚め = エゴの消滅」という誤解

エゴが有ろうが無かろうが、目覚めは起きます

目覚めそれ自体は、エゴの消滅と同じではありません。

エゴが有っても目覚めることは出来ます。

実際、エゴがマインド(巻末付録88頁参照)を使って目覚めのプロセスを妨害することも多々あります。

最初の目覚めがプロセスを開始しますが、その最終結果がエゴの根源的消滅です。

一旦目覚めたらエゴは消滅の方向に進んで行きますが、それに対して自分が出来ることは何もありません。

プロセスがそれを進めます。

(余談)エゴとは

「私」として意識される自分のことです

エゴとは分離意識を持った自分であり、知覚・思考・意思・行為などを通して、他者や外界から区別して意識される自分、自己のことです。

エゴとは、マインドがありのままの(現実の)人生に抵抗するために使うメカニズムです。

この抵抗が、周りと違う/分離している、という「自己感覚」を形成します。

「目覚めのために俗世を避けるべき」という誤解

目覚めのためには俗世の中に居て俗世の夢を見通すことが重要です

目覚めを果たすには、人との交流を避けて山や寺にこもるのが良いと考えている人がいますが、私たちは俗世ぞくせを避けて悟りにやってくる訳ではありません。

真実はまったくその逆です。

自分を束縛している俗世の夢を見通すことで初めて物事の本質を見るようになり、それが自分を目覚めへと進ませます。

これが正しいやり方であり、俗世の束縛そくばくは目覚めへの招待状なのです。

人生から逃げないでください。

実際に起こっていることに、正直に辛抱強く直面することが求められています。

私たちは、俗世を経由して悟りに至るのです。

「悟りは聖なるもの/完全なもの」という誤解

悟りとは全体認識であり、あるがままの状態です

悟りとは、聖人になることと何の関係もありません。

悟った意識状態では、悟った自分とか他の悟った人、という個別の人は存在しません。

悟りは聖人になるというような個人についての現象ではなく「全体から認識する現象」のことです。

また悟りとは、完全な幸福、完全な至福、完璧な仕事、完璧なパートナー、完璧な結婚、完璧な友情を持つこと、物事を自分の望むようにすることなど、完全になることではありません。

自分の人生と人間関係に対してあるがまま、物事をあるがままに認識・経験する状態のことです。

「目覚めで苦しみが解放される」という誤解

苦しみへの対処に関しては、目覚める前とたいして変わり有りません

多くの人は目覚めのおかげで不快な出来事を避けることが出来ると思っています。

ところがその逆に自分が避けてきたものと出会い、それに対処する圧力が益々かかることに気付きます。

それは恐れの感情も湧き起こします。

つまり目覚めの後は、私たちの中に残っている執着を解消していく旅となるのです。

ですからそれは目覚める前の道と大して違わないのです。

これを聞かれてガッカリしましたか?

でもあなたは確実に変わっています。

目覚める前、私たちはそれを分離という観点からやっていましたが、目覚めた後ではそれを非分離という観点からやります。

それにより自分の間違った思い込みに取り組むことはずっと簡単に、そして感じる怖さもずっと小さくなります。

「定着した目覚めの後では不快な思考はやって来ない」という誤解

不快な思考はやって来ます。しかし対応が違います

戻らない定着した目覚めの後でも、不快な思考がやって来ることがあります。

それが2度とやって来ない状況が最終的にあるのかどうかは解りません。

例えば悟った人がプリンタを使おうとして電源を入れた時、立ち上がりの遅さに苛立つことがあります。

その時、苛立ちは実際そこにあります。

そしてそれが経験されます。

しかしそれについての善悪判断(イライラすべきでなかった、なぜイライラしたのか等)をする思考がなく、それは過ぎ去ります。

もしかしたら思考も起きているのかもしれませんが、その場合には、思考が起きてそれが消えるまでの時間が非常に短いのでしょう。

不快な思考を持ったこと自体は問題ではないのです。

(余談)思考を経ないで来る体験

悟った後でもこのような体験はやって来ます

思考を経ないで来る経験もあります。

思考を経ない体験とは腹で感じるもので「なんとなく感じる」という直感です。

別の言い方をすれば「本能的に知る」ということです。

思考を経ない感情が出ることもあります。

つまり非分離の形態の怒りもあります。

怒りの経験さえ純粋な場所から来ることもあるということです。

純粋な感情は、物語やイメージをともなっていません。

伴って来た場合はマインドから来ているのです。

「目覚めの頂点に留まろう」とする誤解

頂点に留まっている限り、覚醒には不完全なところがあります

悟りとは、人生が夢であることを理解するだけの旅ではありません。

絶対/超越的な場所である目覚めの頂点に留まっている限り、私たちの覚醒かくせいには不安全なところがあるのです。

私たちはその山頂から戻って、再び人生に入らなければなりません。

再び人生に入った時、人生は非常にシンプルで普通になります。

もはや途方もない瞬間を経験するいことごにも、超越的経験をすることにも駆り立てられません。

悟りとは、驚くべき普通さの中へ死ぬことです。

私たちは普通さが驚くべきことだと理解し始めます。

始めから私たちは王国の中に居たということを見付けるのです。

ところで人生に戻れば、今まで通り、飢え、虐待ぎゃくたい、暴力、憎しみ、無知、強欲などのあらゆる体験があります。

こういった全てのものはマインドの産物であると理解できますが、それを退けたり避けたりはせず、自分の役割を果たします。

そして悟った人が見ているのはそれらの底に流れる生の完璧さです。

2. 目覚めと悟りの定義

高次元の意識状態である目覚め/悟りは、低次元のこの夢の世界の言葉で語り得ないものです。

したがってこの資料の話も含めて、語られる目覚め/悟りは本当の目覚め/悟りではありません。

しかし何か欲しいですよね。

ここでは失敗することを前提に定義を書きます(書くではなく、恥をかく、と言う方が正しいと思いますが…)

目覚めとは 意識が変わることです

「分離意識」から「ワンネス意識」に変わる現象を指します

分離意識からワンネス意識に変わることを直接的に表現すると、今までの考え、信念、イメージから築かれた「自己感覚」が、真の自分ではないことを理解することです。

それはあらゆる人が恐れる「自己の死」です。

どんな過去生も、どんな現世も、誕生も、病気も無い状態。

ただし、完全に分離意識が無くなってしまえば、大元の宇宙の根源に戻ることになりますので、宇宙で活動を行う限り幾ばくかの分離意識は残ります(ワンネス・次元上昇へ80頁~86頁参照)。

究極的には宇宙の根源(全ての存在・意識エネルギー・愛/至福)に戻り、絶対的空白になります。

これって、やっぱり意味不明ですね…

悟りとは目覚めが熟成したものです

目覚めと悟りとは、実際に違いはありません

目覚めが熟成していき、ワンネスの中により深く動いていくにつれ、ますます非二元性の本当の感覚の中へ入り始めます。

私たちは自分が何かになる前の純粋な存在(潜在的可能性)であることに気付くのです。

これは神秘的状態でなく、深い自然さ・安楽さ・単純さの状態です。

そして確かな最終的感覚があります。

悟りを必要とすることからも解放され、あらゆることが自然に収まるのです。

そうであっても輝くばかりの現実はあります。

私たちはシンプルな普通のやり方で自分が自分の人生に戻ったことを発見します。

世の中にいながらそれに囚われてはいません。

自分は肉体にとらわれることはありませんが、進んで肉体を持つ者になります。

(余談)死は強制的な悟り

肉体の死と共に条件付けが抜け落ち、悟りの状態になります

肉体を持っている3次元世界では、肉体が保有する多くの条件付けで縛られ、分離意識、自己感覚を生み出します。

肉体が死んだ瞬間、それらの条件付けが抜け落ち目覚めを迎えます。

それは強制的な悟りです。

したがって、死んだ当初その変化に戸惑い、自分が一体どうなってしまったのか理解できない魂が多いようです(ワンネス・次元上昇へ167頁参照)。

死んだ後では多くのことが可能になります。

なぜならあなたがしがみついて離さなかった多くの条件付けがもうないからです。

3. 目覚めの究極の目的

目覚めの究極の目的

宇宙の根源の目覚めです

宇宙の根源は元々ただ1つのもの・ワンネスです。

その宇宙の根源が自分というものをより深くる(ことが出来るのではないか)、ということをやっています(ワンネス・次元上昇へ75頁~79頁参照)。

言わば、宇宙の根源は、私たちの目覚めを使って自身の目覚めを達成しようとしているのです。

4. 目覚めから悟りへの経緯

目覚めから悟りまでの経緯 一例

夢見状態から、最初の目覚めをて定着しない目覚めに移行し、最終的に目覚めが定着し悟りに至る

人が保有している条件付け(巻末付録98頁~103頁参照)は、今、太陽系に降り注いでいる電磁波やディクシャ等によって減少しつつあります。

それがあるレベルまで減少した時、最初の目覚めがやってきます。

その目覚めは定着せず、元の分離意識に戻ります。

そしてまた目覚めがやって来る、このような定着しない目覚め状態を人によっては数年間体験しますが、その状態は条件付けの減少とともに変化します。

条件付けがゼロになった以降はワンネス意識が定着し、悟りに至ります。

最初の目覚め

目覚めを経験すると、もう2度と分離意識には戻らないという確信を持つ…が

目覚めが起きた時、分離意識に再びとらわれるというような感覚は全く無く、元に戻るなど想像できません。

これは目覚めた状態の特徴の1つです。

確かに目覚めが途方もない量の条件付(規制)を吹き飛ばすのは確かですが、1度の目覚めで条件付けがゼロになる人はまれです。

どれ位の量が吹き飛ぶのかは人によって異なります。

私たちが目覚める時、もはや夢にエネルギーを与えることはしません。

目覚めがこっそりと忍び寄るようにやってくる人もいます。

目覚めはそれを本当に欲しがっている人たちだけに起きるものではなく、ある人たちには青天の霹靂へきれきのように起こります。

最初の目覚めは旅の終わりとはならず、その後、プロセスを経験します。

目覚めは外側からはやってきません。

内側からやって来るのです。

なぜなら外側は内側の表現に過ぎないので、あくまでも目覚めの主体は内側なのです。

定着しない目覚め(1/2)

目覚めは元に戻ります。戻らない人はほとんどいません

目覚めは普通、定着しません。

あるとき突然やってきて、1~2ヶ月続き、それは突然閉じ、元に戻ります。

閉じたように見えますが、その人は確実に真実を見たのであり、その人の中は確実に変えられてしまっています。

その一瞬の経験が、分離意識の消滅を開始し、自分が認識していた世界の消滅が起きるのです。

目覚めの揺れ動きは苦痛を伴います。

一旦世界が真実でないことを見た後で、また戻って行動するのは苦痛を伴います。

しかしその苦痛は恩寵です。

エゴの消滅の過程は何年も続くことでしょう。

定着しない目覚め(2/2)

目覚めは宇宙空間に出て行くのとよく似ています

打ち上げられた宇宙船が宇宙空間に出て行く時、先ず、大気圏を出ます。

それから重力圏を抜け出しますが、それには途方もないエネルギーを必要とします。

一旦重力圏を超えてしまえば、もはや地球は引き戻す力を持っていません。

夢の状態は同じ様に重力を持っており、意識をそこに引き込む傾向が有ります。

悟りとは、この重力から自由になること。

夢として認識する強大なパワーを持っているのはただ1人自分であり、夢に引き戻す力は全て自分の内部から来るものです。

外側の何も原因とは成り得ません。

そのパワーの源泉は条件付けであり、そこから自己感覚の全てがやってきます。

せっかく得た目覚めを失うことは、その人を結構イライラさせるものです。

目覚めの深化と共に起きるデヴァイン/高次元の自分の明確化

物事が上手く運び出し、周りに良いことが起きて来ます

デヴァイン/高次元の自分(ワンネス・次元上昇へ206頁~207頁参照)が感じられない人でも目覚めることは可能ですが、目覚めの進みに応じてハートのチャクラが開いていき、デヴァイン/高次元の自分がそれまで以上に明確になってきます。

デヴァイン/高次元の自分は3次元の自分からすれば、スーパーマンのような存在ですので、密接に成ればなるほど生きるのが楽になってきます。

目覚めの定着

条件付けのパワーが小さくなれば、2度と夢に戻らなくなります。それが悟りです。

太陽系に降り注いでいる電磁波やディクシャ等によって、及び目覚めの体験を重ねる都度、条件付けのパワーは減少していき、それがもはや夢に引き戻す程の力がなくなった時点で、目覚めは定着します。

それをここでは「悟った」と言いますが、悟りの定義は人によっても違うようです。

悟りが深まる

悟りは永遠の旅です。それを深めていくことが、私達人類の役割です

夢に戻らなくなったら悟りの旅は終わり、ではありません。

それを深めていく旅が始まり、それはこの宇宙が終わるまで永遠に続きます。

と言っても、宇宙は既に127億年の年月が経過して現在中間点にありますので、後127億年の旅となります(ワンネス・次元上昇へ87頁参照)。

悟りを深めるとはどういうことなのか、よく解りません。

分離意識が完全に無くなるのかに関しても、よく解りません。

現時点では、人類として存在できるのは6次元までで、そのあいだ人類は分離意識とワンネス意識の両方を所有して進化を続ける(ワンネス・次元上昇81~83頁参照)、と考えています。

5. 目覚めのやって来方

目覚めは突然やって来ます

何の予兆も予告もありません

それは突然信じられない明晰めいせきさで「自分の本質は自分がそうだと思っていた自己感覚(私)に限定されるものではないので」ということに気付くのです。

それは個人的なものではないことが明確に理解されます。自分が目覚めるというよりは、私たちの本質が「自分」から目覚めるのです。

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