日本への文明回帰:第2章

焦点で繁栄する国際都市

焦点には世界最大級の国際的都市文化が誕生する

文明繁栄期の中心都市の特質

世界一の

  1. 国際性の高さ
  2. 諸外国や後の時代への影響の大きさ
  3. 生活水準の高さ
  4. 知的水準の高さ

東回りで繁栄した国際都市

焦点には世界最大級の国際的都市文化が誕生する

シュメール文明

シュメール文明

東回りスピン = 東経45.0度 = 中心は「エリドウ」

約6400年前~約5600年前

  1. 国際性 大洪水によって、ほとんどの集落が滅亡した土地に、それまで砂漠地帯で遊牧していた民族がぞくぞくと入り込んできて編成された多民族国家がシュメールである。
  2. 諸外国や後の時代への影響の大きさ 現学説で、シュメールは人類最初の文明と言われている。そこでは現在の文明を構成する要素の全てが突然現れた。月の満ち欠けの周期を1ヶ月とし、1年は12ヶ月とする太陰歴や、60進法つまり時分秒と、時間が12分割されたデザインはシュメール人が残した遺産で、今日まで何千年も受け継がれてきた。
  3. 生活水準の高さ ジグラッドと呼ばれる大規模な建造物を中心に整然とした都市国家を設立。花開かせた多くの文明要素を用いて、高度な生活をしていた。
  4. 知的水準の高さ 世界最初の文字「楔形くさびがた文字」、全ての現神話の基になった最古の神話「ギルガメシュ叙事詩じょじし、最古の「シュメール法典」など、知的水準の高さを示す事項には限りがない程である。

ジグラッドを中心とする国際都市

シュメールの神々の像

美・豊穣の神 | イナンナの像

交易想像図

楔形(くさびがた)文字

粘土板

車輪

青銅の剣

土器

焦点には世界最大級の国際的都市文化が誕生する

インダス文明

インダス文明

左回りスピン = 東経67.5度 = 中心は「モヘンジョダロ」

  1. 国際性の高さ 多くの人々が集まる国際都市であった。水運を広く利用し、装飾品などがメソポタミアまで輸出されて盛んな商業活動が行われていた。遺跡から発掘される印章は活発な商業活動の証とされている。
  2. 諸外国や後の時代への影響の大きさ 「ゾロアスター教」と「バラモン教」が生まれた。「カースト制度」もこの頃に始まった。
  3. 生活水準の高さ 驚くほど完璧な都市計画が行われていた。下水道や水洗トイレなどの排水溝整備は整い、碁盤目状に走る街路。巨大な沐浴場。規格化された焼き楝瓦れんがなど。高い加工技術を要する極小のマイクロビーズも作られていた。
  4. 知的水準の高さ 出土する玩具の数々からも知的水準の高さが伺い知れた。
    インダス文字という象形文字を残しているが、この文字は解読されていない。

モヘンジョダロ

ごみ収集場 | 排水溝

カジュラーホ寺院群

ジャイナ寺院

インダス文字

結跏趺坐像(けっかふざぞう)

「神官王」像

インダス印章

メソポタミアとの交易で運んだラピスラズリ(瑠璃)の原石

儀式で使用された彩文土器

瑪瑙(めのう)製装身具

玩具

世界最古のサイコロ

脳外科手術の痕跡

術後に治癒ちゆしている痕跡こんせきもある

焦点には世界最大級の国際的都市文化が誕生する

ガンジス文明

ガンジス文明

東回りスピン = 東経90.0度 = 中心はガンジス川流域の中心点

  1. 国際性の高さ 国内外から多数の人々が大勢やって来る大巡礼地である。世界最古の大学が設置され、思想地として海外から多くの人々を引き寄せた。
  2. 諸外国や後の時代への影響の大きさ 東洋の地における最大の思想ポイントとなった。ウパニシャッド哲学がおこり、その影響下に様々な思想家が現れ、ジャイナ教、アージーヴィカ教、初期仏教が創始され、最後には釈迦も現れる。この時代のインド思想は、仏教などを通して中国・日本・タイ・ミャンマー・スリランカなど東洋の全域に行き渡る。
  3. 生活水準の高さ ガンジス川の西岸にガートという傾斜した階段状の広大な沐浴場を設置。青銅器にかわって鉄器を用いて森を開墾したり、木製の犂(すき)を生み出していた。
  4. 知的水準の高さ マウリヤ朝アショーカ王の時代には、仏教を暑く信仰し、仏典のへんさんを行うと共に仏教に基づく徳治政治を行った。

ナーランダ仏教大学

ナーランダ仏教大学は、玄奘げんじょう三蔵も留学したという、世界最古の大学の1つである。

当時は1万人もの学像が学んでいたという。

これはその遺跡。

カーシー王国

カーシー王国は、ガンジス川中流に位置するワーラーナシーを首都とし、ガンジス川中流域の政治、経済、文化、宗教の中心地となる。

ワーラーナシーはインド国内外から多数の人々が大勢やって来る大巡礼地である。

ガートという傾斜した階段状の沐浴場があり、ガンジス川の西岸、約6.4km間に84のガートが形成されている。

大ストゥーパ(仏塔)

アショーカ王によって建設された大ストゥーパ(仏塔)

インド最高の聖地サールナート

ブッダが悟りを開いた後、悟った真理を初めて人に話した場所

サルナート石柱の柱頭

アマラーヴァティー遺跡

横柱彫刻にみるガンダルヴァ半神半獣の奏楽神団

土器

大乗経典(だいじょうきょうてん)

ヤシの歯に書かれた経文

焦点には世界最大級の国際的都市文化が誕生する

唐文明

唐文明

東回りスピン = 東経112.5度 = 中心は長安

  1. 国際性の高さ 世界帝国として繁栄した唐にはペルシアのイラン文化が伝えられ、ビザンツ帝国やイスラーム世界とも接触、シルクロード交易が行われた。また、朝鮮や日本からも使節や留学生が来るなど、都の長安は人口が100万人を超え、国際都市としてのにぎわいを見せていた。
  2. 諸外国や後の時代への影響の大きさ 朝鮮半島や渤海ぼっかい、日本などに、政制・文化などの面で多大な影響を与えた。仏教の中国化が起こり、天台宗てんだいしゅう真言宗しんごんしゅう禅宗ぜんしゅう浄土宗じょうどしゅうなど宗派にわかれて行った。その他、マニ教、景教けいきょう、回教なども伝えられた。長安の都市は日本の平城京、平安京に強い影響を与えている。漢字文化を基礎とした儒学や仏教、律令制りつりょうせいなどが周辺諸国に受容されていった。
  3. 生活水準の高さ 長安の都市規模は巨大であり、長安城は碁盤の目状の道路、南北を貫く大通り、北の政庁の位置、河川の配置といった特徴を有し、当時における周辺諸民族の模範的な都市であった。唐三彩という陶器が作られ、陸羽りくうによって茶道の古典茶経ちゃきょうが書かれた。
  4. 知的水準の高さ 漢詩、水墨画、書道などで多くの文化人が排出し、儒学も隆盛りゅうせい。仏教はますます中国に深く浸透し、玄奘げんじょう(:三蔵法師)が活躍した。

首都 | 長安

楽山大仏

龍門石窟(りゅうもんせっくつ)

敦煌莫高窟仏坐像(とんこうばっこうくつぶつざそう)

西安宝慶寺如来三尊仏癌(せいあんほうけいじにょらいさんぞんぶつがん)

金箔の銀壺

青磁(せいじ)の壺

唐三彩(とうさんさい)

| 水注

書道

褚遂良ちょすいりょう | 顔真卿がんしんけい

書道:王羲之(おうぎし)

杜甫の漢詩(五言絶句):静夜思(せいやし)

寝台の前まで差し込んでいる月の光りを見ていると

まるで地上一面に降りた霜ではないかと見間違うほどの白い輝きである

振り仰いでは山の上に明るく輝く月を眺め

うつむいては(しみじみと)故郷のことを懐かしく思い出す

李白の漢詩(五言詩):春望(しゅんぼう)

都が破壊されても山河は残っており、都に春が巡ってきて草や木が生い茂っている。

時代を感じては花をみて涙を流し、別れを恨んでは鳥の鳴き声を聞いていても心が痛む。

戦乱が3ヶ月続いている中で、家族からの手紙は大金と同じぐらい貴重だ。

頭の白髪は頭を掻くたびに短くなって、冠をとめておくピンさえもつけれなくなろうとしている。

孟浩然(もうこうねん)の漢詩『春暁(しゅんしょう)』

春の朝の心地よい眠りに、夜が明けたのも気づかずにいる。

(うつらうつらしていると)あちらこちらから、小鳥のさえずる声が聞こえてくる。

(そういえば)昨夜はしきりに風や雨の音がしていたようだが。

(庭に咲いていた)花はどのくらい散ったかどうかわからないが、さぞ多く散ったことであろう

呉道玄(ごどうげん)の水墨画

李昭道(りしょうどう)の山水画

茶道

玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)

楊貴妃(ようきひ)| 墓

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